不安定日記

若年性認知症予備軍の旦那との日常

お金のはなし

時々考える。

旦那は人よりもかなり早く老化がきている。

将来を見据えた貯金ももちろん大切だけれど、元気なうちに、もっと楽しく過ごしてもらう事にお金を使った方がいいのではないか?と。

特に物欲もないわたしたちの共通の趣味は、外食、旅行。

コロナの影響でどちらも好き放題できるわけではないけれど。

貯めると、使う。

バランスが難しい。

始まり1

わたしたちは順風満帆な夫婦ではなかったと思う。入籍僅か半年あまりで、わたしは一度目の離婚届けを取りに役所に行った。
ケンカもよくした。
話し合うということが余り好きではない旦那。結局、わたしが諦めて終了。仕事の事でもよくやり合った。
だけど、いつからだろう。反論しなくなった。わたしの意見に耳を傾けるようになった。
お酒が入ると、記憶を失くすようになった。
話していても、余り理解していないと言うか・・・。わたしはただ酔っぱらっているだけかと思っていた。
そして、予定を忘れる事がちょこちょこあった。
当時のわたしは知らなかったが、仕事でも不具合はあったようだ。
MCIと診断される3年くらい前からだった。
旦那はよく、「もう年だなあ~、若いときとは違うな~」と言っていた。40代半ばで何言ってんの!?と、相手にもしなかった。それが悔やまれる。
でも・・・
あのときに、異変に気付いて病院に駆け込んでいたとしても、何か変わったのだろうか?
3年後のMCI診断時も、病院の医療では今は何もする事がないと言われた。
早期発見、早期発見と言うけれど、発見してどうだと言うのだろう。
魔法の薬なんてないのに。今ある薬は、脳機能の一部をサポートして、ほんの数年進行を遅
らせることしかできないじゃないか。

仕事とわたし

今の会社に20年以上年お世話になっている。

そのうち、18年ほど本社業務となり、責任は重いがやりがいはあり、どちらかと言うと楽しく過ごしたと思う。

月の半分は出張だったが、それはそれで各地のメンバーにも会えて楽しかった。

結婚後、会社のお陰で一緒に生活できるように異動も配慮してくれた。

旦那の病気が発覚したとき、わたしの上司やそのまた上司は、とにかく、わたしの精神的フォローを優先せよと発信してくれた。そして、「絶対旦那を辞めさせたらダメだよ。どんな仕事だってあるんだから」と勇気づけてくれた。各地の関わるメンバーも、当然噂は聞いている。でも直接わたしにはなにも言わす、今まで通りまるで何も無かったかのように接してくれた。それが本当に嬉しかった。現実から逃げることができた。そして、特に親しい数人には、全てを話して支えて貰えるようになった。

旦那とは同じ会社でも所属が違うので、程よい距離を保つことができた。

昨年中頃、わたしの異動が決まった。私の今後のキャリアアップを考えて下さった結果だったが…

全く畑違いの業務に、段々自信が無くなってゆく。今までのキャリアはほぼ役に立たない。毎日が辛く、いっぱいいっぱいだった。まあ、それは今でもそうだけど。

そんなときに、旦那の面接があった。3年以上放置だったのに、それは急に動き出した。忙しい業務の中で、何度もメールや電話が来る。そこで初めて、今までの経緯や情報が、会社として共有されてなかったことを知った。再検査をする事と、障がい者枠を勧められた。結果を待たず、旦那の異動が決まった。わたしと同じところに。

うまく業務ができなくて辛そうにしている旦那や、陰口を言われている所を想像してしまう。想像だけで、泣けてくる。

旦那はとうにプライドなんて無くなったよと言うけれど、わたしは耐えられるだろうか。

いっそのこと、辞めてもらった方がいいんじゃないか?旦那は勤続30年。もういいんじゃないかな・・・

わたしも辞めて、2人で逃げてしまいたい。

でも生きていかなきゃならない。

生活しないといけない。

別に犯罪を犯した訳でもないのに、逃げる必要なんてないじゃないか。きちんと会社の条件に則って、雇用されてるんだから。

結局逃げたいのはわたしが弱いからなんだ。

強くならないと、この先旦那を守れない。

そんなことをぐるぐる考えている。