旦那はそのまま入院となった。
隔離室。
窓も何もないマットレスだけの部屋で過ごすこととなる。
しばらくは面会はできなかったが、荷物を届けることはできた。妹も来てくれた。
ほんの少しだけ、看護師さんの計らいで二重扉を挟んで顔を見せてくれた。
この日から私は、更に罪悪感でいっぱいになって精神的に不安定になってゆく。
数日後、午前午後に1時間だけ隔離室から出られるようになった。
面会に行くと、薬の副作用でどんどん弱っていく旦那を目の当たりにする。1人で歩いて面会室まで来れず、抱えられるようにしてやってくる。
もともと、薬がとても効きやすい体質だ。
たった2週間でこんなになってしまうのかと愕然とした。面会後は車に戻っても涙が止まらなくてなかなかエンジンがかけられなかった。
その後、隔離室から出ることはできたが、大部屋ではなくナースステーションの目の前の個室に入ることになった。
週末の面会は、毎回緊張した。
先週よりももっと悪くなっていたらどうしようと不安になった。
薬の調整が続けられていて、毎週様子が違った。
入院から2か月間余りたった7月、病院から何度も着信があった。仕事で外回り中だった私は、慌てて病院に電話をした。
肺炎を起こし、意識が低下している事。酸素濃度が低下している。同じ病院内の内科に移動させるとの事だった。
翌日、病院に行った。
意識は朦朧としていてマスクをつけ、意思の疎通もできなかった。
この病気は、命に直結するんだと実感した。
どんな状態でもいいから、お願いだから死なないでほしい。
生きてるだけでいいと思った。